大きな音に驚いて振り向くと、男が立っていた。
「ごっつい望遠レンズ構えて、なんでこんなところで写真撮っとるんや。道路の真ん中で、けしからんやつや」。奈良県議の男性(74)がそう思った瞬間、ボンと再び音がして白煙が立ちこめた。
隣にいた安倍晋三元首相(67)がゆっくりと倒れた。
連載「深流 ~安倍氏銃撃事件~」
安倍晋三元首相が演説中に撃たれ、死亡した事件から1カ月。現場で逮捕された男は、どのような環境で生まれ育ち、事件の前には何を考えるようになっていたのか。男の心の奥深くにあったものを探ります。初回は、男が高校生だったころの、あるエピソードから。
駆け寄った人々に囲まれた安倍氏は、すでに意識がないように見えた。「救急車呼んで!」。周囲にそう叫ぶのがやっとだった。
2度発砲し、警察官たちに取り押さえられるまで、男は終始落ち着き払った様子だった。人をあやめるという非情な行為との間には、大きな隔たりがあった。
「武器庫」。あるいは「工場」。逮捕された男の部屋を見た捜査員たちは口をそろえる。
6畳ほどの洋室。敷きっぱなしにされた布団の周りには、金属片やリード線、木材などが散らばっていた。電子ばかりやミキサー、そしてペンチなどの工具が雑然と置かれていた。
ふた付きの缶容器もあった。その数およそ20。のちに、黒い粉末状の火薬が数種類入っていたことがわかった。
ひときわ異様だったのが、複数の金属パイプをテープで束ねた物体。手製の「銃」だった。少なくとも5丁はあったとされる。
「手を伸ばせば銃や部品に触れられるような、かなり雑然とした印象だった」。ある捜査員は、部屋の印象を振り返る。
「あそこでビールを飲んだりしてたわけやから。そう考えると恐ろしい……」。別の捜査員はそんな感情を抱いた。
街の中心部。どこにでもありそうな築33年の8階建てマンション。「駅チカ」で家賃約3万5千円で、最上階にある男の部屋からは、住宅街が見渡せる。
そんな「日常」と「非日常」が交錯する空間で、男は「その日」を待ち続けた。
Source : 社会 – 朝日新聞デジタル